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ユネスコで働く職員より

 

「ユネスコから見る国際社会と生命倫理」


(ユネスコ Social and Human Sciences Sector 勤務  池部織音)

 

私は2000年の夏よりはじめはアソシエートエキスパートとして、その後UNESCO職員として生命倫理の部署で働いている。生命倫理の分野では、臓器移植、生殖医療、ヒトゲノムやクローン研究など、医療や科学技術の発展に伴って起きてきた倫理的問を扱う。

 

仕事の内容は、各国がガイドラインや法律を制定するためのもととなる国際宣言作成の会議を事務局として支えたり、各国の状況をリサーチしたり、会議を開いて意見交換を促したりする。近年、生命倫理の世界では国際社会を賑わす出来事が次々に起こり、国連機関の果たす役割の重要性も高まっている。例えばクローン研究である。1998年に世界初のクローン羊、ドリーが誕生して以来、動物のクローン研究は着実に進んでいるが、その技術の人間への応用が国際的に大きな議論となっている。クローン人間を誕生させる研究を認めている国はひとつもない。しかし、同じ技術を使ってクローン胚を作り、医療研究のための細胞(ES細胞)を取り出そう、という研究があり、これについては各国の意見がわかれている。そんな状況の中、2001年よりニューヨークの国連本部で国連ヒトクローン禁止条約に向けての会議が始まった。結局、紆余曲折を経て条約締結にはいたらず、2005年の国連ヒトクローン宣言に落ち着いたが、NYで行われた会議ではユネスコを代表して毎年参加し、国連総会でスピーチをするという経験を得ることができた。

国際機関の実態はトロイの木馬だ、と内部事情を知っている人の間ではよく言われる。大きなプロジェクトを動かしているようでいて、内部でそれに携わるスタッフの数はとても少ないことがよくある。生命倫理の部署もまさにそうで、特に部長が定年退職してから後任が決まるまでに時間がかかり、その間、本来ならば部長が出席するべき会議などにも、同僚と手分けして参加することになった。そして私がクローン問題担当となったのである。政治的に神経を使うことも多かったが、貴重な経験となった。

 

 

生命倫理の歴史は比較的新しい。生命倫理(バイオエシックス)という言葉が生まれたのは1970年のことでそれ以来、主に欧米諸国の哲学的理論体系をベースに発展してきた。そのため、それ以外の地域ではなかなか同じ土俵に立って議論をしにくい面がある。国際会議などでも欧米主体の論議に陥りやすい分野である。一地域に偏った議論にならないようにするために、ひとつの問題例えば、受精卵を使った研究に関して、世界中の国ではどのような議論が行われ、どのような法律が制定されているかという情報を提供するためにリサーチをすることが多く、世界的な状況を把握することができるようになったのは、ユネスコで働いて得た貴重な経験だと思う。しかしながら生命倫理のプログラムがパリの本部に集中しているため、どうしてもヨーロッパ的発想が主流になってしまう部分がある。アジアやその他の地域からの視点をもたらし、国際社会に貢献するための存在意義を見出さればと願って奮闘する日々である。

 

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