ユネスコで活躍する日本人職員 水野谷 優(みずのや・すぐる)さん

令和6年3月29日
M.Mizunoya ユネスコ国際教育計画研究所(IIEP) 技術協力部 部長 水野谷優さん
  • これまでのご経歴と現在のお仕事の内容についてお教えください。
 1996年に大学を卒業してから色々な国や組織で経験を積んできました。最初は日本学術振興会という文科省の当時特殊法人で一年ほどアジア地域の研究をサポートするプログラムに関わりました。その後、青年海外協力隊隊員として、南太平洋のバヌアツ国に青年海外協力隊として2年間赴任。運よく奨学金がとれましてコロンビア大学の国際公共政策大学院で修士号を取得し、JPO制度を通じて国際労働機関(ILO)バンコク事務所でタイ・カンボジア・マレーシアなどを対象にした、インフォーマルセクターの労働者に対する社会保障・保護を推進する業務に携わりました。
 その後、コロンビア大学のティーチャーズカレッジで、国際的・歴史的にも有名なHenry Levin教授の元、教育経済学を学び博士号を取得しました。それから、UNICEF東アジア・太平洋地域事務所コンサルタント、ケニア事務所で教育チーフを歴任し、2011年からのアフリカの角大干ばつの対応やケニアの教育基本法改正、また、東日本大震災では日本ユニセフ協会のサポートで岩手と福島の復興のサポートをしました。
 一度国連を離れ、香港中文大学のグローバルスタディプログラムの副ダイレクターとなり教鞭をとる傍ら、UNICEFシリア事務所とイラク事務所でコンサルタントなどを行い、シリア危機以降の学校に行くことができない子供の数の推計などを行いました。2017年からはユニセフニューヨーク本部で教育データユニットチーフ・シニア統計・モニタリングアドバイザーを行い、コロナ禍で学校が閉鎖される中、世界中で何名の生徒が遠隔授業を受けられない状況にあるかなど、世界的な教育データの分析をしたり、複数指数クラスター調査(MICS)や人口保健調査(DHS)といった家計調査のマイクロデータを分析し、UNICEFの基幹報告書である「世界子供白書」や、UNICEF執行理事会の会議や年次報告書等で発表しました。また、障害を持つ子供が抱える教育へのアクセスの問題などを分析し、ユニセフの地域事務所や国事務所とレポートを作成しました。
 2023年4月より、パリにあるユネスコ国際教育計画研究所(IIEP)に技術協力部の部長として就任して、現在は、教育セクター分析・教育計画の策定・教育データシステムの向上・教育財政分析・気候変動や紛争に対してレジリエンスを持った教育制度の開発などを手掛けるチームの統括をしています。
 
  •  ユネスコ(国際機関)でのお仕事を目指されたきっかけをお教えください。
 青年海外協力隊に行く段階で、将来国連で仕事してみたいと思ってました。隊員時代、村や島での現場では地元の人が一番知識があったり文化的・歴史的コンテクストが分かっているので、自分の付加価値は何だろうと思っていましたが、大学院で統計学を勉強したときに、こうしたデータを分析して政策提言や開発計画を作る仕事であれば、自分は開発に貢献できるのではないかと思ったのが一つのターニングポイントでした。一方、そもそもは、自分は日本の昭和後期に生まれ義務教育だけでなく大学まで行かせてもらえましたが、日本の前の世代も、世界的にはまだまだ学校にいけない子供が多い現実があり、それを変えたいというのが今でも変わらない原動力になってるのだと思います。ちなみに最新の推計では約2億5千万人の就学年齢児童が学校に行けていない現実がありますが、アフリカや南アジアの人口増加の影響もあって、世界的には学校にいけない子供数は増加傾向にあります。

~ここからはインタビュー形式でお話を伺いました~
  • ユネスコで働くやりがい・大変さはどういったところにありますでしょうか?
  国際協力や社会の発展に貢献することは、大学時代から興味があったので、この様な仕事に就けて本当に恵まれているなと思っています。世の中には、条件さえ整えば、様々な国に行って子供たちの教育をサポートしたい人も沢山いると思いますが、実際には仕事や家庭などの日常生活の制約があり行動を起こすことは難しいものです。ユネスコで働くことの素晴らしい点は、「教育はどうあるべきか?」という普遍的な問いに対して、仕事を通じ行動を起こせることです。
 
 ユネスコには、これまでの教育制度の常識を振り返ってみたり、将来は教育セクターがどうあるべきかを議論し、その議論を具体的に推進する役割があります。人工知能(AI)の発展により、学習方法が効率化される中で、教育の役割が変化し、今後、非認知スキル(問題解決能力、チームワーク、他者への共感、相手の意見を聞く姿勢)といったいわゆる21世紀型スキルが益々大事になってきます。このような文脈の中で次世代の教育について考え、加盟国と協力して教育のグローバルガバナンスを推進したり、個別のプロジェクトを推進するところに、ユネスコの仕事の魅力を感じます。
 
 私のキャリアを振り返ってみると、ユニセフでの勤務が長かったのですが、ユニセフは主に現場での緊急支援やプロジェクトに特化しています。ユネスコもユニセフも政府と協力するスタンスを取っている点は同じですが、ユネスコは加盟国と一緒に大局的なビジョンや世界情勢の大きな方向性を考慮しながら教育を推進するという点で強みを持っており、刺激的で興味深いと感じます。
 
  • 大変さはどのようなところでしょうか。
  いろんなレベルの大変さがあると思いますが、大変さと表裏一体で面白いと感じるのは、異なる国籍・文化・宗教のバックグラウンドを持つ人がいるため、様々な価値観や常識、またコミュニケーションの取り方が違うことを日々体感することです。こうした違いは、意見の相違や、ミスコミュニケーションの元になりますが、国連で仕事をする上での一つの醍醐味とも言えるのではないでしょうか。
 
 こうした日々の生活の中で、高尚な感じでは、様々な価値観に触れて自分なりの価値観を再構築することが楽しいと感じますが、身近なところでは、様々な国の料理を食べたり、文化や歴史を知ったり、国際色豊かなところが面白いですね。
 
  • 今後どのような仕事をしていきたいと思ってますか?
 色々とチャレンジしたい事は沢山ありますが、ユネスコでしかできないこととして、本当の意味での平和教育がしたいと思っています。
 
 国と国が戦争しないことが平和教育だという規範的な見方もあります。一方、平和とは何?対立・コンフリクトとは何?と考えた時、それは、国レベルの対立だけでなく、もっと身近な、例えば、親子間、兄弟間、職場などで起きるコンフリクト・摩擦も、一つの重要な対立です。そして、スケールが小さい、個人間の対立でも、それは個人的には非常に重要なことです。温かい家庭・職場、そうしたものが積みあがって、マクロレベルでの平和を構築していくのではないでしょうか。
 
 教育政策の観点から言いますと、こうした個人レベル・日常レベルの対立や葛藤をマネージする能力、態度、スキルを培うことが重要で、それが平和教育の一つの重要な柱なのではないかと考えています。そしてこうしたスキルは、平和だけでなく、職場での生産性を上げるなど経済社会生活を送るうえで重要なスキルと考えられています。
 
 ユネスコ憲章の前文に『心の中に平和のとりでを築かなければならない』という有名な文言があります。これは規範的な意味合いで解釈されるのか、それとも、さまざまな紛争が発生した際に対処できる人間を育てていこうという意味合いで解釈されるのか、色々と解釈があると考えられます。
 
 私は教育の分野で働いているため、規範的な側面ももちろん重要だと考えていますが、誰でも習得できる技術・スキル面でも多くのことができると思っています。個々が、様々な紛争や人生の問題に対処できる能力を高めることで、世界中の紛争や災害も少なくできるはずですし、理想と現実のギャップの間で大変だなと思うこともありますが、この分野での仕事をもっと頑張っていきたいと思います。
 
  • 統計から見えるものは?
 スウェーデンのハンス・ロスリング(Hans Rosling)氏は国際的なデータを可視化するのが上手で、「Factfulness」という本を書かれました。数字を追ってみると、歴史的に見て、全世界的に人間の社会は良くなっています。戦争や飢餓で亡くなる人、貧困層の減少、男女の格差も縮まっています。こうした学びを与えるデータは仕事において重要なツールであり、それを使って各国の教育省がどのように教育の現状を改善していくかをサポートするのが私の仕事です。
 
 データを使っていると、例えば幼稚園の就学率が小学校の就学率と大きな相関があるとか、横断的に教育セクターを分析することができるので、これまで様々な政策トピックに関ってこれました。幼稚園教育、ジェンダー、紛争、学校にいけない子供たち、学力、教育財政など。私自身のキャリア形成の視点からもデータ分析という強みがあって良かったなと思っています。
 
  • 次の政策決定に資するような形では、特にデータが重要になってくるのでしょうか? 
 IIEPはデータを利用・分析し、そこから導かれる政策を推奨し、予算を作成するなど、技術的なサポートをする機関です。しかし、政策決定者にデータを与えるだけでは不十分でしょう。データ分析の結果そのものと同じくらい重要な要素が、「そのデータを使ってどう意思決定するか」というプロセスです。
 
 Co-Creationとも言いますが、IIEPの仕事のやり方は、データを政策決定者と一緒に分析・解釈し、なぜそのような現象が起こっているのか、その解決方法や問題の優先順位はどうすべきかを共に検討します。政策決定者と協力して課題に取り組むことで、関係者の能力開発にもつながりますし、単に諸外国のやり方を移植するのではなく、各国の状況や背景に合った解決策を提案することにもつながります。こうしたアプローチに関しては、国ごとの政治的サイクル(選挙など)も考慮に入れる必要があり、様々な重要な要因もありますが、出発地点がデータであることは間違いありません。
 
  • これからユネスコ(国際機関)での勤務を目指す方へのメッセージをお願いいたします。ユニセフでのご経験も踏まえてお話ください。
 統計学と経済学を学ぶ前、私は青年海外協力隊でバヌアツに滞在し、村で活動してました。2年間、色々な村の青少年グループと現金収入につながるプロジェクトなどを企画・実施しましたが、村のことは地元の人が一番よく知っているので、一生懸命活動しても自分はバヌアツの経済・社会の表面をつるつる撫でているだけで、何のインパクトも与えらてないと感じました。
 その後、大学院に留学した時に統計を学び、この学問を使えば、現場で頑張っているバヌアツ人をサポートできる、これまで表面的なインパクトに留まっていた自分が、社会を構築する仕組みやプロセスに、刺さっていける、深く関わっていけると感じました。
 
 ユネスコで働くということは、世界的または国レベルの教育政策を作り上げ、世界的な教育の潮流より良くしていくことに関わっていくことです。国連に所属する事を目標として捉えるのではなく、実際に何かを変えていくプロセスとして国連を捉え、関係者と協力して社会の仕組みを変え・開拓していくことに情熱を持っている人にとって、ユネスコや国連での仕事は最適だと思います。
 
 自分のキャリアを考える上で最初に考えるべき重要な点は、自分が何をしたいのか、自分の価値は何か、自分の人生で何を実現したいのか、自分ときちんと対話するということです。国連は競争も激しいため、ずっと残り続けることは大変です。自分自身と対話し、なぜ自分は国連で働きたいのか、自分の価値観と国連の活動がどこで重なるのかを見つめ直すことは、自分のコアとなる部分を理解するという事で非常に大切です。私もよく自問自答しています(笑)。
 
  • そうすると、キャリアを考える上で大切なのは、自分のモチベーションと道具(強み)の2点があるということでしょうか。
 私にとってのモチベーションは教育で、道具は、経済学や統計学になりますが、どちらが重要かと問われれば、自分にとってはモチベーションのほうが重要だと思います。統計や経済を勉強したので、他の分野でのコンサルティングもやろうと思えばできましたけど、私はやはり教育に興味がありました。そして、キャリアを積んでいくにつれ、自分の使うスキルは変わっていきます。若いころは統計分析のプログラミングを沢山しましたが、今は自分でプログラムを書くことはありません。でも、どういう分析が必要でどういった部分に注意を払わないといけないか分かるので、若い同僚に研究の指示を出しつつ、自分はチームや組織のマネジメントあるいはパートナーシップにより多くの時間を割いています。
 
 キャリアを考えるときに、大切なのは、できるからやるのではなく、やりたいからやるということです。自分が情熱を持っていることと、技術的な手段の順番を間違えないことが大切です。自分が情熱を持てる分野を明確にすることで、仕事の幅が広がります。仕事をするなかで、突然手の届かない高度な専門技能を身につけるようにと要求されることはあまりなく、たいていは努力すればできる範囲のことしか要求されません。
 
  • 自分のパッションはこれだ!というようなライフワークを持つことは難しいですね。誰しも若い頃に自分が何をしたいのか分からないと感じた経験があるかと思いますが、なぜ教育にフォーカスしようと思われたのですか。 
 キャリア形成を考えると沢山の選択肢や条件(例、給料など)が異なる中で、どれが自分の最適解かを見つけるのは至難の業だと思います。
新しく情報を得ることにより自分に合ったキャリアが分かる事もありますが、自分の中のいらないものを捨てていくことで分かるというやり方もあります。玉ねぎをむいていくような感じです。そして最後に、自分に残ったものが大切です。
 
 往々にして、人はそんなに子供時代から変わらないのかもしれません。「3つ子の魂100までも」と言いますが、自分の両親や先生などから子供の時に受けた影響はとても大きいですよね。自分の場合は、自分の祖父や父親も相当能力ある人なのに時代のせいで思うように学校に行けなかったので、不公平だなと思い、その分、学校に行けない途上国の子供たちを支援できたらいいなという思いが中心にありました。自分にとって何が大切か、自分自身のストーリーを見つけることが大切です。
 
 自分を振り返って、「自分が両親を選んで生まれてきたとして、自分のこうした価値観はこの両親からしか学べなかったことだな」ということがあれば、それが少なくとも自分にとって大切なことです。同様に自分の深いところで対話したり、根幹では自分はどういう人間なのかを見つめる作業は、自分のパッションを見つけたり、自分に正直に生きるために重要かと思います。
 
 もう1つの方法としては、やってみないと分からないというのが当然あります。食べたことのない料理の味は想像できないですし、世の中はやってみないと分からないことだらけです。とにかくいろんな事に挑戦し、行動し、いろんな人に聞いたり、話してみたりすることで、いずれ何かの形になります。楽観的ですが、世界はそうなってると思います。こう考えると、自分の内側と話しをすることと、外側に向かって行くこと、両方やってみることが大切だと思います。