ユネスコで活躍する日本人職員 林 菜央(はやし・なお)さん

令和6年4月9日
Ms. Hayashi 世界遺産センター(世界遺産条約事務局)  世界遺産条約専門官  林 菜央さん
  • これまでのご経歴と現在のお仕事の内容についてお教えください。
研究履歴
 上智大学(古代ローマ史専攻)在学中に南仏プロヴァンス大学に交換留学、東京大学大学院(地域専攻地中海科)に在籍中、フランス政府給費留学生試験(人文科学部門)に首席合格、パリ高等師範学校(Ecole Normale Supérieure)にフェローとして入学、パリ第4大学ソルボンヌ校で修士号(帝政古代ローマの東方属州における宗教習合)、高等研究学院(Ecole pratique des Hautes Etudes)で博士準備課程を修了。ロンドン大学東洋アフリカ学院で持続的開発単位取得。
 
職歴
 修士号取得後、1998年から2001年まで外務省専門調査員として在仏大使館の文化・プレス担当アタッシェ。
2002年に競争試験でユネスコパリ本部文化セクター・文化遺産部に採用。アンコール(かンボジア)、バーミヤン(アフガニスタン)の修復プロジェクトから始める。
 2006年にユネスコプノンペン事務所の文化担当チーフ。2007年からパリ本部のミュージアム・可動文化財課、2014年から2017年までミュージアムプログラム首席担当官として、2015年の「ミュージアムとコレクションの保存と社会的役割に関するユネスコ勧告」の起草採択まで担当したほか、ユネスコ初の「ハイレベルミュージアムフォーラム」(2016)のコミッショナー。2018年より世界遺産センター(世界遺産条約事務局)アジア・太平洋課で中央・南・東南アジアを担当する他、締約国への政策・遺跡保全活動の援助、保全状態の査察ミッション、世界遺産委員会で審査される登録済案件の保全状態に関する決議案のとりまとめなどを行う。直接担当してきた世界遺産・博物館のある国はアジアではアフガニスタン、カンボジア、ベトナム、ラオス、スリランカ、バングラデシュ、パキスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギスタン、イラン、アラブ諸国ではエジプト、シリア、イラク、チュニジア、モロッコ、イスラエル、パレスティナ、アフリカではサブサハラ諸国、東ヨーロッパのジョージア、ウクライナなどを含む。ユネスコの遺産保全マニュアルシリーズや、ミュージアム収蔵物の緊急避難に関するマニュアルなどを出版。日本語著作に「ユネスコと博物館」など。
 
  • ユネスコ(国際機関)でのお仕事を目指されたきっかけをお教えください。
 高校生の時に初めて海外(アメリカ)に行って、海外で学びたいと思い、その後漠然と国連で働きたいと思い始めました。専攻は古代ローマの宗教史や碑文学で考古学に親しんだこと、また高等教育の半分はフランスで受けており、フランス語が業務に使えるようになったので、ぜひ文化遺産を扱う仕事をしたいと思っていました。
 
  • ユネスコで働くやりがい・大変さはどの様なところにあるのでしょうか?
 仕事をはじめたころは、あらゆる国の人々と一緒に働くため、物事の判断の仕方や仕事のスタイル、求められることに共通性がないので、どんな環境であっても適応することが大切でした。文化の分野での多国間外交は、遺産や文化財の保全修復のため、資金だけでなく様々な国々のあいだでノウハウや知識の交換・伝達が行われ、そこから人的な交流や絆が生まれ、続いていくのを見ることができます。また国益を超えて、歴史の中で様々な国、民族や文化が繰り返した興亡を通じて、互いに影響しあい、進化し、美を生み出し技術を育ててきた過程について、目を開かれます。現在の地政学上の理由により、交渉が難しい案件もありますが、それぞれが納得のゆく結果に達することができたときはとても嬉しいものです。
 職種にもよりますが出張も多く、厳しい環境での仕事もありますが、相対的に働きやすく、ワークライフバランスも満足度が高いと言えます。各種手当もあるので、わたしも息子が生まれてから大学に入るまで、産休以外に休む必要もなく、ずっとフルタイムで働いてきました。
 大変なのはやはり古く大きな組織で、内部での各部署のすり合わせや、説明にとても時間を取られることでしょうか。スピード重視のフィールドオペレーションの効率化には、まだまだ課題が多いと思います。
 
  • これからユネスコでの勤務を目指す方へのメッセージをお願いいたします。
 専門分野での高い知識はもちろん、英語だけでなくフランス語でも仕事ができること、さらに国連公用語の他の言語をも使えれば、更に良いと思います。
 これからの世界は、ものそのものではなく価値というゆたかさを生み出し継承することに重きが置かれる世界だと思います。豊かな自然を大切にし、精神的な美や価値を重んじる文化を継承しながら、ソフトパワーで世界を惹きつける国・日本人であることの意味や感性をこれからの世界平和のためにどのように活かしていけるか、そう考えると、ユネスコに入るということが目的なのではなく、自分がどのような生き方をしたいか、すれば幸せと感じるか、ということがまずあるべきかと思います。
 教育・教養だけが、何があってもなくなることのない自分の核となる資源であり、あらゆる人々との関わりを豊かにしてくれるということを忘れずに、生涯学び続けることが大事だと私個人は思っています。